令和 7年 12月 31日  ”時の花”


(雑誌「MOE」 2021年3月号)



これまで読んだ本のなかで”ベスト1”を選ぶとしたら?今年最後の”考え事”からの命題、私はダントツでミヒャエル・エンデ「はてしない物語」を選びます。小学6年生の時に図書委員U君から勧めてられて、生まれて初めて時間を忘れて”本”に夢中になりました。文庫では無くオリジナルが断然良くて(理由はそちらで読めば判る)、我が家には永久保存版を保管しています。


そのエンデが書いたもう一つの名作が「モモ」です。50年前に書かれたこの本は純粋ファンタジーなのですが、まるで予言書のような時代を先取りした物語(↑雑誌MOE特集でも紹介されています)。2025年も残り数時間。振り返ってみると、この「モモ」の世界を歩いてきた・・・そんな1年でした。


 



左はコロナ発動の5年前。2020年緊急事態宣言直後の在宅勤務状況。まだ東京単身赴任、デスクトップからノートパソコンに切替直後。会社が必死に調達したルータがギリギリ間に合って在宅勤務が始まりました。セキュリティ上の制約でプリントアウト出来ないので、自宅パソコンのモニターも動員して即席3画面。空き箱を使って少しでも快適にしようと苦肉の策。そこから自宅大阪に戻り、在宅勤務効率を極限まで上げるべく試行錯誤。


右はそれから5年後。2025年我が家のテレワーク環境です。LGの42.5インチ+27.7インチ+DELL19インチ+ノートの12.4インチ。合計100インチモニターでどうだ!・・・人間の眼は2つ、同時に処理できるタスクもたかが知れていて、モニターのインチを増やせばその分ノートパソコンの12.4インチから8倍効率化・・・とは全然いきませんでしたが。


エクセルを始めとする業務ソフトは表示領域が広い事で、出来る事が増え効率が上がるのは間違いない。Excelの”新しいWindow”を2つ〜3つ増やして作業をする事で断然業務作業がはかどりますし、A3図面もメインモニタであれば実寸以上で確認が出来ます。最近導入したPDFソフトを使えば測り取りも簡単。フリーデスク+決して大きくは無いモニターで作業する出社時よりも感覚的には1.5倍効率的。一方で物事の詳細を決めていくような打合せは顔を合わせてやる方が確実で早かったりします。その辺りを考慮に入れながら在宅/出社のバランスとタイミングを考えて一週間の予定を組み、仕事をしてきました。


それが今年秋、コロナ禍以来の揺り戻しが来ました。それまで定められていなかった週当たり出社義務が発令(在宅週○日以内)。「在宅してたらついついサボってしまってアカンわ〜」「テレワークでコミュニケーションできへん」等々言っていた”会社大好き”おじさん達の逆襲か。・・・思うところ言いたい事は山ほどあれど私も雇われの身、これ以上は申すまい。但し会社が杓子定規な働き方に舵を戻すのであれば、自身もその通りに返すだけだ。


片道1.5時間も掛けて出社して、効率がそのまま落ちるのは時間が勿体ない。重作業は在宅日に集中、出社日は軽作業と打合せを固めてロスを少しでも減らします。昼食は美味しいもをしっかり食べて、就業後は社内で自由に使えるジムに通って健康になってやる。帰宅電車内は読書タイム。・・・これまでも環境変化は何度もあった(2012年2016年2020年2021年)。変化のメリットを最大限享受できるように自分のスタイルを変えていく必要は常にあるし、それには慣れてます。




「作業の効率化」という点で言うと、今年は特にデジタルツール/システムの関わりが深かった1年でした。我が社も世間一般の時流「DX推進」を積極的に押し進めていて、ありがたい事に”最新”に接する機会が多くありました。”効率化””自動化"という大義名分を外さなければ導入機会を持つ事が出来る。まあ、利益が出せている今だから出来る、先には将来の固定費削減という上層部の本音も見え隠れする訳ですが。


実際のところ、私の部署は慢性的な業務量過多と人員不足が恒久課題です。そこを補う為にこれまでもツール/システムを自分達で作り改良してきました。勿論ソフトのコアな開発等は外注する訳ですが、自分達が使う部分は自分達で決める/作る/改良するがモットー。元々今私がいる部署は、私が異動してきた遥か前から「自分達のツールは自分達で作る」気風。ニッチな分野なので既製品が無く自分達で作るしかなかった面はあるのですが。私がレジェンドと思う先輩方は皆、そうしたツールを自分で作って業務に使ってきた。


そして実際に自分で作ってみると結構面白い。良いツールを作るには、モノの本質を理解する必要があります。レジェンド先輩方にはまだまだ及ばねど、私も「作る人」になりたい。その為には新しい技術やトレンドにはアンテナをはっておきたい。


今、一番のトレンドは何といっても生成AIです。一昨年話題を独占した「ChatGPT」。当初雑誌で得る情報からは人工知能が世界を席巻する、映画「マトリックス」の得体の知れないイメージ、良い印象は持っていませんでした。・・・ところが「DX推進」の一環で大手IT企業と提携。生成AIの積極的活用が全社的に指示されると、社内イントラ内に生成AI環境が作られて、寧ろ使わないと怒られる(苦笑)。仕方なしに今年公私双方で使い始めてみました。




”公”の方はここでは披露できませんので”私”の方での活用を一部御紹介。検索での利用事例は「RYUBE大阪」サイト移転顛末で御紹介した通り。GoogleもAI導入は当初迷ったみたいですが、ChatGPTの躍進を観て腹を決めたようです。個人的にはGoogleのAI検索はかなり優秀で好みです。検索サイトとしての知見と資産を活用/連携してかなり使い易い。そして画像データはChatGPTで遊んでいます。試しに「RYUBE大阪」をイメージして画像を作って貰いました。


 
(ChatGPT生成)



いかにも「生成AIで作りました」といった感ありあり、何故ドクロマーク?。笑ってしまったのですが、思いつきもしない構図は新鮮ではある。生成AIは指示がいい加減だと、いい加減な画像しか生成できないとか。色々指示を加えていくと思う少しマシな感じになるはず。ちなみにバイクは架空のモノっぽいがなかなかリアル。次は愛車ZX-11で峠を疾走する画像を依頼。



(ChatGPT生成)



最初色違いだったものを、私のZX-11に合わせて黒色に変更指示。うんうん、なかなか良く描けている。但し細かなところでいくとラムエアシステムが無かったり(生成AIには意味不明なダクトに見えて省いたか)、コーナリング姿勢も不自然だけれど。生成AI、まあこんなもんかな。ところが・・・「ZX-11をピカソ風に描いて」とリクエストして出力されたこの絵はどうでしょうか?



(ChatGPT生成)



私はこの絵には驚かされました。全体的にデフォルメされていますがZX-11の特徴を良く掴んでいる。配色/構図は子供の落書きでは無い。恐らくピカソの何らかの絵を参照して生成したのだと推測されますが、これだったら面白いし印象に残る、別途アップ予定の「考え事」でトップ写真に使ってみようかな。



(ChatGPT生成)



最後に実用事例を御紹介。娘モモは高校受験で夏以降バレエは週1回で小休止。それ故年賀状で使える写真がほとんどありませんでした。唯一使えそうだった写真は複数名で踊っているもので、残念ながら前列の子の腕が写り込んでいる。このままでは不自然です。そこでChatGPTで写真修正を掛けました。出来上がったものはうまく写り込んでいる腕を消しています。驚いたのは元写真には無い左手の加工。指先の表現がきちんと再現されている。恐らく衣装から類似写真を選択〜移殖したのだと思いますが、これをこちらの指示無くデフォルトで違和感なくやってしまうところに凄さを感じます。


”公”の方に関しても概ね同様の印象です。イメージ先行で実用に耐えない分野も沢山あるものの、活用する事で時間短縮出来る業務もある。特に議事録作成や文章要約は既に充分使える。それなりに時間を掛けていたのが必要なくなり、次を考える時間を振り分けられるようになりました。そしてプロンプト(指示)次第では非常に有効な使い方も一部で見えてきました。来年は深堀していきたい。








効率化のツールとして、デジタル環境の進化を無視できない現況。一方で・・・”私”の部分に関してそこにどっぷり突き進んでいくのが幸せなのか?という事に関してはちょっと違うかな、と感じています。自分が大事な事、過ごす時間は寧ろそことは逆の位置にあるのではないか。


 



春に父と京都を2回、小旅行しました。学生時代から縁があり、永らく仕事の舞台だった街。拠点撤収する事になり父が過ごした時間、場所、考えを共有する最後のチャンスと思って同行しました。当時の写真は何度か観たし、自宅大阪でいつでも話を聞く事は出来るけれど。一緒に歩き・観て・話した2日+1日=3日間でした。秋、母と奈良市内〜久しぶりの春日大社。鹿がウロウロしていてピンと張った空気感が心地良い。主要寺社の住職/神主が一同した講演を一緒に聴きました。夏の福岡、久しぶりの仲間との再開。海に出て晩は極上バーベキューを頂き久しぶりの時間を共有。30年以上付き合いのある仲間ですが、変わらない事、変わった事、新しい面、現在進行形の付き合いである事を再認識。




デジタルツールがどれだけ進歩しても、人間がリアルで共に過ごす時間の密度には及ばない。LineやWebでお手軽に時間と空間を跳躍出来たとしても、多分デジタルデータ量では測れない何かがある。補完ツールとしては優秀だけど、それだけで付き合いが代替出来る訳では無い。例えるならば大型バイクで高速道路をかっ飛ばすようなモノ。距離を跳躍して便利で効率的だけど、その間の景色はあまり残らない。昔、敬愛する星野道夫氏の著書でこんな一節が印象に残っています。


〜 エスキモー漁師のスノーモビールによる移動しながらの狩りに同行。ある時彼が数日間移動を小休止。「休憩ですか?」と聞いた星野氏にエスキモー漁師が「魂が追いつくのを待っているのです」と応えた 〜


特に大きな目的がある挿話でも無かったのですが、なんとなく心に残りました。”魂”と言うと宗教的な印象を受けますが要は暗喩で、技術的な進歩が急速に進んだとしても、人間が体感的に腑に落ちて受け入れる為には理解や時間が必要、という古来の伝承の紹介と受け止めました。


最新技術が次々登場、人間関係やコミュニケーションの形が爆速していく中で、面倒臭くても大切な関係は丁寧に扱う必要があるし、それでも時間や空間が流れている中で過度な期待は難しい。この2〜3年のモヤモヤへの最近の心境はそんな感じでしょうか。


ところで・・・当初の「出勤/在宅」揺り戻しの話。”人間がリアルで過ごす時間の密度にはとてもかなわない”ってまさに出社回帰の理由なのでは!?。そう、正しい側面がある事は認めざる得ない。気持ちと理屈のギャップも人間が人間たる由縁。


 



”効率化だけでは無い”という事で言うと秋のサーバ移転騒動についても一言。不愉快な出来事ではあったけれど、ホームページの在り方、存在意義を見直すに良い機会にはなりました、特に「旅木ノ記」に関しては。対外的な目的無、手間掛かる、交流手段にならない。「効率」とは対極のホームページが、自分にとっては案外大事な要素になっている、という事を改めて認識。


もともと自分の為に続けていて、一応公開していてもせいぜい身内・友人数人が観ているくらいだろう。と思っていたのですが。移転後アクセス解析を置いてみたら、それより幾らかは多い事が判りました。この塩梅が丁度良い感じで、自分の為とは言え「他人の目が入る可能性」を意識する事で「それなりに体裁は整えよう」という気になる訳です。


タイトル”時の花”は「モモ」の本の中で出てくるキーワード。時間の過ごし方が生き方である事の象徴です。「生成AIが万能では無い」という話のなかで、生成AIが拾ってくるのは世界中の情報の0.1%以下、という説があります。つまりはそれがインターネットで公開している情報範囲という事。残り99.9%は企業であったり個人であったり、オリジナルで公開していない情報という事。そこに整理されていない個人の体験や記憶、考えを含めると世界は広い。目に見える範囲、手元にある視野の外にある世界の広さをもう一度再認識したい。そこで辿った記録と記憶を留める為に、今後もホームページは細々と続けていきます。




年末恒例のクリスマスケーキ。毎回家族一緒に切ったケーキの大きさに一喜一憂。今年最後の”考え事”も結局去年同様取り留めもない内容になってしまいました。混沌から頭を整理する過程ですので、どうかお許しを。皆様お世話になりました。良いお年をお迎えください。